生活に入り込むということ

本記事は、Piccolo Kyotoとお取引のある職人様やパートナー様、および新規で協業の導入をご検討中の皆様に向けて綴っています。

先日、昔のイタリア出張の写真を整理していて、ふと手が止まりました。 そこに写っていたのは、観光名所でも豪華なショールームでもなく、なんてことのない「イタリアの路地」の風景です。

路地に並ぶ、配送車、スマート、フィアット・パンダ、そしてアバルト。 そのありふれた光景の中に、仕事やモノづくりにおいて注目できることが隠されているように感じたのです。

「シェア」ではなく「動線」を占める

イタリアの街を歩くと、スマートや、残念ながら現在は廃盤となってしまったスズキのイグニスをよく見かけました。

市場シェアという数字で見れば、決して圧倒的なマジョリティではありません。それなのに、出張のたびに、やけに記憶に残るのはなぜか。自分なりに考えてみました。

それは、「人の生活と仕事の核心部」に入り込んでいるからかな。

  • 細い路地を駆け抜ける配送や修理
  • 忙しない営業の足
  • 日々の買い物や通勤

石畳の細い路地を駆け抜ける配送や修理の車

忙しない営業の足

日々の買い物や通勤

街が動くために必要な「実務動線」のど真ん中に、これらのコンパクトカーは存在しています。市場(マーケット)を取ることを目的化するのではなく、生活(ライフ)を支える道具に徹している。だからこそ、数字以上の存在感を放っていたのではないかと思いました。

MICAM展示会でディスプレイされていたスマート

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