本記事は、Piccolo Kyotoとお取引のある職人様やパートナー様、および新規で協業の導入をご検討中の皆様に向けて綴っています。
アバルトが「庭先」にあるという贅沢
先日書いていた生活に入り込むということブログの続きになります。写真の中には、アバルトも写っていました。 日本でアバルトといえば、趣味性の高い「高級車」というイメージが強いかもしれません。しかし、イタリアの街角ではガレージに恭しく飾られることもなく、ごく自然に生活の距離感の中に溶け込んでいます。

ここに、イタリアらしい価値観が表れています。
「良いものほど、日常で使う」
高価だからしまい込むのではなく、好きだからこそ毎日使う。趣味と実用を分断しない。この感覚は、クルマだけでなく、靴やスーツ、家具、食器にいたるまで、イタリアのあらゆる生活道具に一貫して流れています。
「使われ続ける場所」をデザインする
この景色を見て、改めて思いました。 理想は「市場を取ること」ではなく「生活に入り込むこと」にあるのではないか、と。
売上やシェアはあくまで結果であり、目的ではありません。 人の毎日の動線の中で、
- 無意識に選ばれ
- 何度も使われ
- 当たり前の存在になる
そこに到達したプロダクトは、一時的な流行や激しい価格競争に振り回されることがなくなります。
身の回りにある「つい手に取ってしまうもの」
この視点に立つと、
- 特別な日に一度だけ着る服より、仕事の日に自然と袖を通す服。
- 眺めるための靴より、毎朝、迷わず足を入れる靴。
プロダクトとして圧倒的に強いのは、間違いなく後者です。
「使われ続ける場所」をつくる
イタリアの街角に佇む小さなクルマたちは、派手な主張も雄弁な物語も持っていません。ただ、黙って、静かに街を動かしています。
大切なのは、売ることそのものではなく、「使われ続ける場所」をデザインすること。 イタリアの何気ない風景が、そんな当たり前だけど忘れがちな大切なことを、静かに教えてくれた気がします。
皆さんの身の回りにある「つい手に取ってしまうもの」は何ですか? そこにはきっと、長く愛されるプロダクトを生み出すための、大きなヒントが隠されているはずです。
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