クレジットカード修行

クレジットカード修行、という言葉に感じる違和感があります。

クレジットカード修行とは、何を鍛えているのか

ここ数年、「クレジットカード修行」という言葉をよく耳にします。
一定額を使い、ステータスを得る。
ラウンジが使える、付帯サービスが増える、優待が受けられる。

仕組みとしては、よく出来ています。
合理的で、効率的で、数字にも明確です。

ただ、個人的にはこの言葉に、どこか引っかかりを覚えます。
それは本当に“修行”なのだろうか、と。

本来の修行は「使わない選択」を含んでいるのでは?

修行とは、本来
・欲を抑える
・無駄を削ぐ
・自分の軸を確かめる
そうした行為の積み重ねだったはずです。

一方、クレジットカード修行は
「いかに使うか」
「いかに達成するか」
が主語になりがちです。

もちろん、カード自体が悪いわけでもないです。
問題は、目的と手段が入れ替わる瞬間です。

「ステータス」は外にあるが、「信用」は内に残る

ピッコロ京都に来られるお客様の多くは、
派手なロゴや分かりやすい肩書きよりも、

・長く使えるか
・無理がないか
・自分の仕事や生活に馴染むか

そうした点を、静かに重視されています。

カードのステータスは、外から見えるもの。
一方で、信用や信頼は、使い方や態度として内側に残るものだと思います。

どれだけ上位カードを持っていても、
無理をしていれば、どこかに歪みが出る。
それは靴も、装いも、同じなのではないでしょうか。

ピッコロ京都なりの「修行」の考え方


「積み上げる前に、削る」

本当に必要なものは何か。
使わなくていい選択はないか。
背伸びをしていないか。

その問いを重ねた結果として、
自然に選ばれる一足や一着があります。

もしカードを選ぶなら、「修行」ではなく、
生活や仕事を無理なく支える道具として
選ばれる方が、よほど健全だと感じています。

修行とは、静かに続くもの

修行は、人に見せるものでもなく、達成を誇るものでもないと思います。静かに、淡々と、続いていくもの。クレジットカードも、靴も、装いも。主役は発信者ではなく、いつも「お客様」であるべきだと、私は考えています。

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