本当に良いものは、なぜ埋もれていくのか

世の中には、「名の知れない名品」と呼ぶほかないモノが確かに存在します。
使えば分かる。触れれば違いが伝わる。
にもかかわらず、そうしたモノほど、静かに姿を消していく。

それは不思議なことのようでいて、実はとても合理的な現象でもあります。

良さは、放っておいても伝わらない

本当に良いものの多くは、派手さを持ちません。
奇抜なデザインや分かりやすいキャッチコピーよりも、
素材の選び方、構造の合理性、長年積み重ねられた寸法や工程に価値が宿る。

しかしそれらは、
「見た瞬間に理解できる良さ」ではありません。

説明が必要で、体験が必要で、時間を要する。
今の市場において、この“手間のかかる良さ”は不利に働きます。

作り手ほど、声が小さい

名品を生む作り手ほど、自分の仕事を過剰に語りません。

「いいものを作っていれば、いつか伝わる」
「分かる人にだけ届けばいい」

その姿勢は美徳であり、同時に商いとしては危うさもはらみます。
結果として、一番誠実な仕事が、一番目立たない場所に置き去りにされる。

続けるための“余白”がない

良いものほど、効率を犠牲にしています。

・大量生産ができない
・原価を削れない
・人の手と時間が必要

正しい作り方を守るほど、価格競争には向かず、
継続のための体力が削られていく。

消えていく理由は、「売れないから」ではなく、
続けられなくなるからというケースがほとんどです。

選ぶ側の変化

もう一つ、見過ごせないのは受け手側の変化です。

価格や評判、ランキングで選ぶことに慣れ、
「なぜそれが良いのか」を考える機会は減ってきました。

良いものを選ぶ力は、生まれつきの感覚ではなく、
経験と対話によって育つものです。

その訓練の場が減れば、
静かな名品が見過ごされるのは、ある意味で必然とも言えます。

黒衣として

私は、名品を主役に祭り上げたいわけではありません。
流行を否定したいわけでもありません。

ただ、
黙って消えていくには惜しい仕事がある
そう感じているだけです。

作り手と使い手、その間に立ち、
舞台が崩れないように整える。
自分の柄でもないので、
主役になるつもりもありません。

名の知れない名品が、
名を残すかどうかではなく、
役目を果たし続けられるかどうか

そのために、今日も裏方に徹したいなと思い、この記事を書き残してみました。

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