本記事は、Piccolo Kyotoとお取引のあるテーラー様及び専門店様及び新規でオーダーシューズシステムをご検討中のオーナー様に向けたものとなります。
これまで仕事をしてきて、心に突き刺さる言葉がいくつかあります。
「なんでこんなこともできないの?」 「なんでこんなことも理解できないの?」
この言葉を投げつけられた瞬間、目の前が真っ暗になり、呼吸が浅くなるような感覚に陥ります。 それは単なる注意ではありません。 自分の存在そのものに「無能」というブランドの焼印を持ってして、ヌメ革にじりじりと焼き付けられるような痛みや悲しみです。
若い頃だけでなく、自分で事業をしていても、この言葉を浴びせてくる人間はいます。そのたびに、私は深い空しさを感じてきました。
追い詰めていた「絶望」の正体
なぜ、あの一言はこれほどまでに私を追い詰めていたのか。 自分なりにその正体を分解してみると、これまで言葉にしてこなかった「3つの理由」が見えてきました。
- 「自分への落胆」への追い打ち 「情けない」「もっとちゃんとしたい」と自分で自分を責めている最中に浴びせられる決定的な一言。その瞬間、自分の欠点は「気のせい」ではなく、逃げられない「確定事項」になっている。
- 「認定」される恐怖 「できない人」というレッテル(ラベル)を貼られたと感じた瞬間、これから先どんなに努力しても、ずっとその色眼鏡で見られ続けるような気がして、未来に絶望してしまう。
- 「正論」という暴力 「当たり前のこと」という枠組みで語られるから、反論の余地がない。ただただ、自分が未熟な人間であると認めざるを得ない状況に追い込まれます。
「見返してやる」というエネルギーが湧かない人へ
世の中ではよく、屈辱や悔しさをバネにして「いつか見返してやる!」と奮起する成功談を聞きます。 しかし、誰もがそんな強烈な添加剤(エネルギー)を持っているわけではありません。
添加剤を持ち合わせていない場合には、もっと冷ややかで、もっと自分を守れる「観察」という武器を持ってほしいと思います。
相手を「観察」することから始める
「なんでこんなこともできないの」と平気で口にする人を、こう観察してみてはどうでしょうか。
- 想像力が欠如した、精神的に未熟な人
- 余裕がなくて、誰かを叩くことでしか自尊心を保てない、可哀想な人
- 人を育てる語彙力がなくて、攻撃的な言葉しか選べない、スキルの低い人
「私や俺はダメだ」と思うのは、もうやめてください。 代わりに、「この人は、言葉の選び方が乏しい人なんだな」と、分析するようにしてほしいのです。
無駄なガソリンをまき散らさないために
相手と同じ土俵に立って傷つくのは、混雑している街中にドライブに出かけるようなものです。 イライラと人混みに揉まれ、無駄なガソリンをまき散らして、疲れ果てて帰ってくることになります。
相手を「私や俺を裁く立派な人」だと認めるのは、もう終わりにしてください。 上司だからとか、立派な先生だから?とかは関係ないです。
これからは、相手を自分の分析対象として、冷めた目で眺めてみてください。 ……もちろん、なかなか難しいものです。つい感情が波立ってしまうこともあるでしょう。
でも、その「静かな視点」を意識すること。 そして、「私や俺は、絶対に相手と同じことをしない」と心に決めること。
そう決めた瞬間、相手の言葉はもう、あなたを傷つける力を失うはずです。 「あいつと同じレベルにはならん」と決めることで、もう振り回されなくて済むようになります。
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