プロ野球選手から学ぶ

先日、YouTubeであるプロ野球選手の番組を見ていました。


球場に行ったことはないのですが、野球が好きなこともあり、アルゴリズムが自然とその手のコンテンツを届けてくれます。

本当に、よく出来た仕組みだと感じます。
自分の関心や嗜好を先回りするように、次々と映像が差し出される。

便利さの裏側で、「何を見ているか」がそのまま自分に返ってくるような感覚もあります。


数億円という破格の年俸提示を受けながら、それを断り、あえて条件の落ちるメジャーリーグへ挑戦する選手たちがいます。

客観的に見れば、その選択は「損」に映るかもしれません。
すでに安定も、評価も、実績も手にしている。それにもかかわらず、自ら環境を変えにいく。

合理性だけで判断すれば、残留する方が良いのではないかなと思える場面です。

しかし彼らは、その道を選ばない。

以前の私は、こうしたプロ野球選手の決断をどこか「特別な人の話」として捉えていました。
才能や実績を持つ限られた人間だけができる、遠い世界の選択だと。

けれど、日々現場に立つ中で、その認識は少しずつ変わってきました。

現状を維持すること。

それは決して悪いことではありません。むしろ、ビジネスにおいては極めて大切だと思います。

しかし同時に、こうも感じるようになりました。

「このままで、本当に良いのか」と。

環境を変えることは、リスクを伴います。
これまで築いてきた信頼や評価を、一度手放す可能性もある。

それでもなお、新しい場所へ踏み出す人がいるのはなぜか。

それはきっと、「今の延長線上にはない何か」を取りにいくためではないでしょうか。

実際に彼らが口を揃えて語るのは、目先の条件ではないということです。
幼い頃から思い描いてきた「メジャーリーグ」という舞台。その場に身を置くことでしか得られない経験や価値にこそ、意味を見出しているのだと思います。

年俸や評価といった“見える指標”では測れないもの。
むしろ、キャリアのどこかでしか触れることのできない“不可逆な体験”に対して、彼らは意思決定をしているように感じます。

画面越しに見ていた彼らの決断は、もはや他人事でなくなっていました。

安定を選ぶのか。
それとも、あえて先の見えない道を選ぶのか。

ただ一つ言えるのは、その問いから目を逸らさないこと。
そして、一度決めたのであれば、腹をくくること。

環境を変えるにせよ、現状に留まるにせよ、どちらにも責任が伴います。
だからこそ重要なのは、「どちらを選んだか」以上に、「どう向き合ったか」だと思います。

曖昧なまま進むのではなく、自らの意思で選び、その選択を引き受ける。
その積み重ねが、結果として仕事の質や在り方に表れてくるのだと思います。

気づけば、あの選手たちの決断は、
遠い世界の物語ではなく、いまの自分に向けられた問いになっているようにも思えます。

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